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経験者に聞きました!

夢を実現した先輩移住者に出会えたことが
移住の大きな決め手となりました。

  • 周防大島町
  • オオシマアコースティック
    (半農半ラジオ)
  • 三浦宏之

山口県へIターンした先輩 生活風景 その1

移住される前は、どのようなお仕事をされていたのですか?

東京にあるラジオ番組の制作会社で働いていました。30代のときに「LOHAS SUNDAY」というラジオ番組を担当することになりました。番組では、地球環境や地産地消について取り上げていたのですが、普段の食卓に並ぶ豆腐や納豆、油揚げの入ったみそ汁などを見ると、その原料の多くが国産ではないことに疑問を感じました。何でも手に入るはずの都会にいるのに、国産のものがあまり見当たらない。人間にとって一番身近な「食」が遠い存在になっている、そんな気がしました。このことをきっかけに、いつか田舎に住んで、大豆や米を作ってみたいと考えるようになりました。それに、私自身が田舎で育った経験から、子育てをするにも自然が身近にある環境が一番だと思っていました。地域おこし協力隊のことを知ったのは、ちょうどその頃ですね。移住への良いきっかけになると思い、協力隊募集のホームページを定期的にチェックし続けた結果、見つけたのが周防大島町でした。もともと島暮らしへの憧れがあったこともあり、ここなら実現できるかもと興味を持ちました。

どうして、周防大島町を選ばれたのですか?

東京に住んでいた頃は、周防大島はおろか山口県についても知らなかったので、まず図書館で情報を集めることにしました。そこで見つけたのが、周防大島町出身の民俗学者・宮本常一氏が書いた『私の日本地図』という本でした。本の中に描かれた風景や人々の暮らしに心を奪われ、読み終えたときにはすっかり移住する気になっていました(笑)。さらに、現地に下見に訪れたとき、木造家屋や石積みの棚田など、本の中で知った景色が残っていたことにも感動しました。また、神社やお寺がたくさんあることも魅力的でした。それに、先輩移住者と話をすることができたのも大きかったですね。環境に大きな負荷をかけない循環型の暮らしを実践している人たちから聞く話は、面白くてためになりました。手回しのとうみ(穀物を選別する農器具)やロケットストーブ、BDF(バイオディーゼル燃料)※が使える耕運機など、とにかく見るもの聞くもの全てが新鮮でしたね。日常会話の中で、バイオディーゼルフエルという言葉が出ること自体にも驚きました。自分と同じ方向を見ている人たちがいることにすっかり安心し、もし協力隊に採用されなくても、ここに移住しようと心に決めていました。

※食用廃油を精製して生まれた環境にやさしい燃料のこと

山口県へIターンした先輩 生活風景 その2

移住してからは、どのようなことをされたのですか?

2013年の2月に、地域おこし協力隊として周防大島町に着任しました。最初は、日々の暮らしや町内のイベントの様子などをブログで紹介したり、東京や大阪などで開かれる移住フェアに参加したり、情報発信やPR活動を中心に行いました。また、荒廃竹林の管理や国道沿いの草刈りなどのボランティア活動にも積極的に参加しました。UJIターンを応援する町内の人たちと一緒に月に一度、海岸の清掃活動も始めました。これには、地元の方だけでなく、移住者もたくさん参加するようになり、両者を結ぶ交流の場として発展していきました。

協力隊の任期が終わった後は、どうしようと思われていたのですか?

農業で食べていこうと気楽に考えていました。でも、ある人から「子育てをしている間はお金が必要だから、農業以外の現金収入を得なさい」というアドバイスを受けたんです。そこで、農業のほかにやりたいことは何だろうと考え始めました。そんなとき、ラジオで偶然耳にした話や曲に心を奪われ、改めてラジオの魅力に気付かされたんです。これまた偶然なのですが、同時期にFM山口でパーソナリティーの応募を受付していました。これはいいチャンスかもと考え、履歴書を送ったのがきっかけで、ラジオディレクターのお誘いを受けました。そこから、農業をしながら週に2日はラジオ局での番組作りに携わるという「半農半ラジオ」の生活がスタートしました。

ラジオのお仕事を始められていかがですか?

山口県民という意識が高まりました。周防大島町以外の地域のことも知りたい、山口県の良さをみんなに知ってほしいという、山口県に対する愛着がどんどん深まっていきました。サッカーチームのレノファを応援しに行ったり、俵山に足を運んだり…。気がつくと山口への愛が止まらない状態になっていましたね(笑)。

山口県へIターンした先輩 生活風景 その3

移住してみて、どんなところが良かったですか?

自分で作ったものを食べられるというのは、とても幸せなことだと思います。娘が植えたささげ豆を使って、ささげご飯を作り、七五三のお祝いをしたときは、美味しさも感動も格別でした。特に印象に残っているのは、家族みんなで刈った稲を干す作業をしているときに、たまたま通りかかった知り合いから「同じ風景を家族で見られるのってスゴくいいよね」と言われたこと。家族4人が同じ場所にいる。それだけで十分なんだなと気付かされました。

移住を考えている方へ、何かアドバイスはありますか?

まず、地元の人との交流の場に積極的に出掛けて、協力者を見つけることが大切だと思います。ボランティア活動に参加してみるのも、地域に溶け込むための一つの手段かもしれません。移住する前に顔見知りになっていれば、移住した後も受け入れてもらいやすいのではないでしょうか。それから、田舎にいけばどこにでも田畑があると思われがちですが、人の紹介が無ければ借りることが難しい所もあります。米や野菜を作ろうと考えている方は、事前のリサーチが必要ですね。また、自分たちの希望に合う家探しも意外と大変です。私はプロパンガス屋さんに聞いて今の住まいを紹介してもらいました。生活する上で特に不便なことはありません。移住は、本質的な暮らしや気持ちの在り方を見つめ直すいい機会になると思いますよ。

山口県へIターンした先輩 生活風景 その4

最後に、これからの夢を教えていただけますか?

農作業などと引き換えに食事や宿泊の提供を受けるWWOOF(ウーフ)と、飲食店とを組み合わせた、ワンデーカフェを開くのが目標です。地元の農産物を使い、外国人との異文化交流が体験できる場にしたいと思っています。妻がヨガのインストラクターをしているので、ヨガイベントも定期的に開催したいですね。今後は、フラのイメージが強い周防大島に、ヨガのエッセンスもプラスできるといいなと思っています。


山口県へIターンした先輩

三浦宏之さん
みうら・ひろゆき/周防大島町在住 オオシマアコースティック(半農半ラジオ)
長野県出身。高校まで茨城で育ち、大学進学を機に上京。卒業後16年間、ラジオ番組の制作会社に勤務。2013年2月に、地域おこし協力隊として山口県大島郡周防大島町に着任。任期後は、農業・化学肥料を使わない農業と、地元ラジオ局での番組作りを両立する、「半農半ラジオ」のライフスタイルを実践。雑誌『くるとん』のライターとしても活躍中。
  • 「やまぐち」のY、「わいわい楽しい暮らし」のYを組み合わせた、山口県へのUJIターンを意味するキャッチフレーズです。