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経験者に聞きました!

さまざまなつながりに感謝しながら
地域に貢献していきたい

  • 田布施町
  • 株式会社 anerico 代表取締役
  • 上杉 朋未

山口県へのUターンで開業・創業に従事する先輩

Uターンされる前はどちらにいらしたのですか?

Uターンするまでの15年間、東京でITの仕事をしていました。初めてパソコンに触れたのは小学生のとき。学校のコンピュータークラブに所属して、コンピューターの面白さに目覚めました。もっと専門的な知識と技術を深めたいと考えて、大島商船高等専門学校情報工学科に進学。卒業後、大阪のIT企業にWebエンジニアとして就職しました。
それから1年後に東京へ転勤になり、4年間勤務した後、転職。2社目では、企業が経営資源を一元管理するERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)ソフトの導入やカスタマイズを行うSAPコンサルタントとして、クライアント企業に常駐し、業務の効率化や改善に努めました。
そして29歳のときに、元同僚だった夫と結婚してすぐに1人目を出産。2年後に2人目、3年後に3人目を出産しました。当時は、子どもがまだ小さいのに、家に仕事を持ち帰って深夜まで作業をすることもしばしば。仕事自体は楽しかったのですが、とにかくハードだったので、「仕事と育児を両立させられるのだろうか」と不安を感じていました。そこで、思い切って退職して、ECサイトの構築やWEBシステムの導入支援などを行う会社を2014年に設立しました。

どうしてUターンしようと思われたのですか?

私の実家に帰省したときに、夫が目の前に広がる海を見て突然、「海のそばで暮らしたい」と言い出しました。
私は、「一生東京で暮らしていくのだろう」と思っていたので、最初はビックリしました。でも、夜遅くまで仕事をする毎日だったので、「一度、がらっと環境を変えてのんびり過ごすのも良いのかな」と思いました。
また、自然豊かな場所で暮らした方が、子どもの成長にも良い影響を与えるのではないかと考えて、長男が小学1年生に上がるタイミングの2017年に、田布施町にUターンすることにしました。幸い親戚が以前住んでいた家が空いていたので、そこを改修して住むことにしました。

田布施町の海の風景

移住に対して何か不安はありませんでしたか?

移住への不安よりも、新しい生活への期待の方が大きかったですね。夫は独身時代、よく一人でキャンプや釣りに出かけるアウトドア派でしたし、私も夫も社交的で人見知りしないタイプなので、田布施町での生活について特に心配することはありませんでした。しかし、都会での暮らしが長かったので、生活リズムが整うまでに少し時間がかかってしまいました。

移住するにあたって活用されたサービスはありますか?

まず、有楽町の東京交通会館内にある「ふるさと回帰支援センター」に行き、山口への移住を支援してくださる「やまぐち暮らし東京支援センター」で夫の仕事を探しました。そこで見つけた柳井市の企業にエントリーしたのですが、なぜかそのとき、私も一緒に面接を受けることになり、業務委託という形で契約していただけることになりました。
最初はその会社に出勤して仕事をしていたのですが、まだ下の子が小さかったので、「在宅勤務にしていただけないか」と社長に相談してみました。でも当時は、今のようにリモートワークが普及していなかったので、自ら勤怠管理やセキュリティなどの仕組みを提案し、社内でも初の試みとなるリモートワークという形態で2018年から働けるようになりました。
現在は、水曜の午前中だけ柳井のオフィスに打合せに行き、あとは自宅でECサイトの構築やメンテナンスを行っています。それ以外にも、Webサイトの制作やシステム構築などの案件にも携わっています。

家庭菜園にお子さまといそしむ風景

Uターンされてからの暮らしはいかがですか?

とても快適です!釣りに出かけたり、家庭菜園にいそしんだり、家族全員で田布施町での暮らしを満喫しています。私自身も、子どもと一緒に空手や太鼓の稽古に励むなど、趣味を楽しむ時間もできました。家族と一緒に過ごす時間が増えて、以前に比べて笑うことが増えた気がします。
また、リモートワークのおかげで仕事と子育てとのバランスも取れていると思います。

子育てで何か変化はありましたか?

東京で子育てをしていたときよりも安心感が大きいですね。東京だと、困ったことが起きたときは、周囲に助けを求めるのではなく、公的なサービスに頼ることがほとんど。お母さん同士のつながりはあるものの“孤育て”になりがちでした。
でも、田舎はお互いさまの精神が根付いているので、困ったときにはすぐに周りに助けを求めることができます。
それに、地域の方々が、子どもを“地域の宝”だと思って接してくださることも大変ありがたいです。登下校の際に、いつも優しく声をかけてくださるので、地域のみなさんに見守ってもらっているという安心感があります。

子どもと一緒に空手の稽古をしている風景

地域にはすぐに溶け込めましたか?

職場やご近所の方々がとても親切にしてくださったので、すぐに周囲に溶け込むことができました。
田舎では、野菜や果物をいただいたり、釣った魚をお裾分けしたりといったコミュニケーションが日常茶飯事です。都会では味わえなかった温かいご近所付き合いが増えて、「何か困ったことがあれば周りに相談できる」という安心感も生まれました。こうした、人と人との距離感が近いのは、地方ならではの魅力だと思います。

地域に溶け込むために、何か意識されたことはありますか?

Uターンとはいいながらも、15年間地元から離れていたため、知らない土地に来たのも同然でした。
そこで、自分から積極的に地域との接点をつくることを意識しました。PTAの役員として広報誌を作ったり、放課後こども教室のお手伝いをしたり、キッズ向けプログラミングクラブでメンターをしたり、田布施の快適環境づくり推進協議会の委員に応募したりと、さまざまなボランティア活動に参加して、人とのつながりをつくるように心掛けました。多様な方とのつながりができたことで、地域の情報がどんどん入ってくるようになり、より生活が楽しくなりました。

田布施町の良いところはどんなところですか?

自然が豊かなところです。自宅のすぐ目の前にきれいな海が広がっていて、夜は満天の星を見られます。
それに、朝昼晩、春夏秋冬がはっきりと感じられるので、都会にいたときよりもメリハリのある生活を送ることができています。都市部に比べて人間関係が密なところも気に入っています。
また、田布施町は全国から漁師や農業従事者などを募集していて、実際に東京や大阪から移住してきた方もたくさんいます。移住者を迎え入れる土壌はあると思うので、ぜひ安心して田布施町に移住してほしいです!

釣った魚をお裾分けしあうようなコミュニケーションは日常茶飯事

移住をお考えの方にアドバイスをお願いします。

自分から地域に溶け込むことが一番だと思います。移住先ではわからないことも多いと思うので、いろいろな活動に飛び込んでみてはどうでしょうか。「楽しもう!」という前向きな気持ちが周りに伝わっていけば、好循環が生まれていくと思います。
また、それまでの私は頼まれると断れないタイプだったのですが、移住してからはできないことははっきりと「NO」と言うように心掛けています。無理して引き受けると、ミスをしたり期日までに間に合わなかったりと、相手に迷惑をかけてしまう恐れも出てきます。末長く良いお付き合いをするためには、断る勇気も必要だと考えるようになりました。

最後に、これからの目標をお聞かせください。

実は、3年前に病気が見つかり、治療中です。病気になったことをきっかけに、「せっかく生きているのだからもっと楽しもう」「もっと人のためになることをしよう」と、良い意味で気持ちに変化が生まれました。今後は、これまで培ってきたITのスキルを使って、地域が抱える課題を解決するお手伝いができればいいなと思っています。


山口県へのUターンで開業・創業に従事する先輩

上杉 朋未さん
うえすぎ・ともみ/熊毛郡田布施町在住 株式会社 anerico 代表取締役
山口県熊毛郡田布施町出身。大島商船高等専門学校を卒業後、大阪のIT企業に就職し、1年後に転勤。そこから15年を東京で過ごす。29歳で結婚、32歳のときに株式会社 anericoを設立。2017年に田布施町にUターン。3児の母として子育てに奮闘しながら、仕事にボランティア活動にと精力的に活動している。
https://anerico.net/
  • 「やまぐち」のY、「わいわい楽しい暮らし」のYを組み合わせた、山口県へのUJIターンを意味するキャッチフレーズです。