Vol.82026.9.28
Vol.82026.9.28
金子 春香さん(33)
移住前の居住地
:東京都練馬区移住後の居住地
:山口県山口市現在の仕事
:株式会社コア東京生まれ、東京育ち、大学も東京の実家から通っていた金子さん。そんな金子さんを山口に呼び寄せたもの、それは山口情報芸術センター[YCAM](*1)でした。YCAMは、山口市が設置した複合文化施設で、とくにメディアアートの分野では国内外に名の知れた存在です。アート好きなら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
今回はYCAMをきっかけに山口に暮らし始め、現在は、山口市内の広告会社で働きながら、プライベートでは哲学対話の場を開くなど、山口カルチャーシーンの「今」を存分に楽しみ、自らもつくり手としてその一端を担う金子春香さんにインタビューしました。「東京ではできない、山口だからこそできることがたくさんある」そう語る金子さんの目線から、山口の知られざる魅力を掘り起こしてみたいと思います。
東京の大学で文化政策を学んでいた金子さん。YCAMで2週間のインターンシップに参加したことが、今も続く山口暮らしの始まりでした。山口市民にはなじみのあるYCAMですが、東京の大学生がYCAMをどのように知ったのかが、まずは気になるところ。
「実家の近くの児童館で、アーティストを招いて子どもたちと芸術活動をしている「アーティスト・イン・児童館」というNPOがあったんです。『何か手伝えることないですか?』みたいな感じで飛び込みで行ってみたら、そのNPOの理事をされていたのがYCAMの開館時に教育普及事業に携わっていた会田大也(*2)さんという方でした。そこで初めてYCAMを知って、インターンの応募があることも知りました」
思い立ったらすぐ行動に移す、金子さんのエネルギーがこちらにも伝わってきます。ところで、インターンで来る前の山口市の印象は?
「そもそも山口市に対するイメージもそんなにないので……。YCAMっていうのがあるんだ、とりあえず行ってみよう!みたいな」
そこから、もうかれこれ10年以上の付き合いになるのですから、人生って面白いものですね。
YCAMのすぐそばでお話を伺いました
まさしくYCAMを目がけて山口へやってきた金子さん。YCAMは、展覧会や公演だけでなく、図書館や映画館としても市民に親しまれている施設です。海外を含め、数多くのアーティストがYCAMに滞在してさまざまな作品を制作・発表しています。その作品と鑑賞者をつなぎ、鑑賞体験をより深めるためのプログラムの開発など、教育普及活動に力を入れていることも特色です。
インターンでは学び足りないと、大学を休学して2年間、アルバイトとしてYCAMに舞い戻った金子さん。その後、大学を卒業した2018年春、YCAMに就職します。仮設の公園をつくり、子どもたちが遊びを通じて考え、創造性を育むプロジェクト「コロガル公園」シリーズ(*3)の運営や、ワークショップやバックステージツアーの企画など、教育普及活動に携わってきました。
「コロガル公園」シリーズでは、最初は「お客さん」として遊びに来ていた子どもたちが、少しずつここは自分たちの遊び場だと自覚、場作りそのものを自分ごと化し始め、大人の真似をして掃除をしたり、「子どもスタッフ」を名乗ったりするようになるそう。子どもたちの変化に触れ、自分の接し方を考える日々だったと振り返ります。
「元々、子どもたちによる"ゆるい自治”に関心があったことが大きいかもしれないです。私自身が高校時代、杉並区の中高生向けの児童館(ゆう杉並)に通っていて、利用のルールを中高生で話し合って、新しいルールを区長に提出するっていうことをやっていました。子どもが自分たちでルールを話し合って決められる場所ってあんまりないじゃないですか。学校でも家でも『ルールはルールだから』って言われてずっと納得いってなかったので、すごくいいなと思ったんです。こういう場所がもっとあった方がいいなと思っていて、それを具体的な活動にしているのが『コロガル公園』シリーズでした。そこでそういう子どもたちの姿を見た時に、こうやって子どもたちによる自治が始まるんだなと感じて、印象に残っています」
そして、少し考えたあと、言葉を選びながらこう話してくれました。
「自分で決めたルールとか、自分でつくり出した道具で遊ぶほうが楽しいことってあると思うんですよね。田舎に引っ越したり地方に暮らしたりするときに、楽しみがないとか、文化的な活動から離れるみたいなイメージを持たれるかもしれないんですけど、ないからこそ、つくるのが面白いのが田舎。失敗してもいいから、小さく始められる土壌が山口にはあると思います」
コロガル公園コモンズ(2018年)2020年3月、YCAMの雇用契約が満了を迎えます。「YCAMありき」で山口に来た金子さんにとって、山口にとどまる理由がなくなったようにも見えますが……。
「ちょうど契約が終わったのがコロナ禍に突入したタイミングだったんです。いくつかあった就活のカードが全部なくなって、一時期無職で……。一度東京に戻って、子ども向けのものづくりのスペースを運営するVIVITA JAPAN株式会社(現・特定非営利活動法人VIVITA JAPAN)に就職しました。実は山口に子ども向けのスペースをつくる計画があって、結局翌年には山口へ戻ってきました」
縁あって山口に戻った金子さんは、中心商店街の一角で、3Dプリンターやデジタルツールを備えたものづくりのスペース「VIVISTOP mini in YAMAGUCHI」(*4)の運営に携わり、「こんな商店街あったらいいなプロジェクト」を始めます。山口市が取り組む中心市街地活性化策「まちなかクリエイティブフィールド事業」(*5)の一つでした。
畳に座ったまま移動できる「動く畳がある商店街」や「ストリートピアノのある商店街」など、子どもたちのアイデアを次々と形にし、新たなにぎわいを生んだプロジェクトも、多くの人に惜しまれながら会期終了。金子さんはプロジェクトが終わるとほぼ同時に会社を辞め、フリーになります。ついに山口を離れてしまうのかと思いきや……。
「1年くらいニートで愉快に暮らしていたんですけど、その時に猫をたまたま拾って。その猫がちょっと弱ってたんで、すごいお金かかっちゃって。やばいやばい、仕事しなきゃと。しかし弱っている猫を東京まで連れて行けないし、山口で仕事を見つけようと思い、今の会社(株式会社コア)に入りました。人とのつながりも増えたし、もうちょっと山口にいようかなみたいな感じで、結局延長してここにいます(笑)」
ああ、猫って本当に尊いですね。金子さん、このままずっと山口にいてくださいね。
金子さんちの猫。いまだになついていないらしい。
インターンで初めて山口に来て以来、今も同じシェアハウスに住んでいるという金子さん。学生時代の延長のような、一風変わった山口暮らしを楽しんでいます。
「なんだかんだずっと住んでますね。そろそろやめてもいいかなと思うんですけど、楽しいんですよね。古い一軒家で、不便だし暑いし虫も出るんですけど……。去年から始めた「対話クラブ」(後述)の集まりの後に、放課後的な感じで、「うちに来てもうちょっと話そうよ」とか、「今日映画見るから見たい人はうちに集合!」とか、そういう感じで便利に使っています。学生さんも多いから居酒屋よりも集まりやすいし、距離も縮まるし」
和室なので人が集まりやすいのも利点。なんだかお盆の実家みたい?
金子さんは去年の春から、仲間と「哲学対話」の場を開いています。哲学対話とは、日常生活の中で生まれた疑問について、参加者と一緒に考えて、それについて対話するという営みで、世界中で同様の営みが展開されており、そのためのコミュニティが存在しています。金子さんはYCAMで、哲学者の永井玲衣さんを招いた哲学対話の研修を受けたことをきっかけに、哲学対話を実践する『対話クラブ』(*6)として活動を始めました。回を重ねるごとに少しずつ輪が広がり、LINEのグループには30人ぐらい参加しているのだとか。
対話クラブがひらく哲学対話には、社会人や学生、留学生などさまざまな年代の人が集います。最近気になることやモヤモヤしていることなど、日常の中でふと感じる“手のひらサイズの問い”を持ち寄り、みんなで考えます。「話す」こと以上に「聞く」ことを大切にしているそうです。
哲学対話をするとき、発言する人はぬいぐるみを持つ。こちらは金子さんが最近買ったマイぬいぐるみのバク
対話クラブが活動場所として活用しているのが山口市の「地域交流センター」。市内に20ヶ所以上設置されていて、利用目的によっては無料で部屋を借りることができます。ほかにも路地裏にある小さなカフェや、歴史あるお寺、公園などで行うこともあります。もちろん、放課後はシェアハウスに集合!です。
「人が集まる場をつくるっていうのは、どうやら話を聞く限り、東京とか大都市だとまず場所代が高すぎて難しいみたいなんです。その点山口だと断然お安い。対話クラブのメンバーで、『本をひらく日』(後述)という読書会をやっている大学院生が、うちの近所の元スナックだった古い一軒家を活動拠点として借りようとしているんですけど、家賃が5万円くらいなんですよ。隣にオーナーで元ママのおばあさんが住んでいて『学生さんだから初期費用とか安くしてあげようかねぇ』みたいな話もあって。山口には、何かやってみようと思ったときに、実行できる場所がすごくいっぱいあるし、YCAMがあることによってその下地ができている感じがします。最近はほぼ毎週末、そういう小さいイベントがあるんですけど、だいたい5人から10人、多い時は20人ぐらい人が集まる状況が続いていて。自分のやりたいことを小さく試せるのは、山口だからこそですね」
金子さんが実感しているのは、自分が主催者として、自ら動いて場をひらく楽しさです。
「買い物に行くとか、イベントに行くとか、もちろん都会の方がなんでもいっぱいあると思うんですけど、私が楽しんでいるのは自分でつくるとか、自分で会をひらくことの楽しさのような気がしていて。お客さんとして楽しみに行くだけじゃなくて、つくる側としてやってみる。しかも、費用が安く収まるから一大決心をしなくても、割と気軽に挑戦できるっていうのが山口の良さですね」
それは、2003年の開館以来、山口の地からメディアアートの世界を牽引してきたYCAMの姿勢とも重なります。
「元館長の足立明男さんから“YCAMは地方にあるからこそ実験的なことができる。
文化を継承するだけじゃなく、新しい文化を創って発信していくために、こういう場所が必要なんだ”と聞いたことがあって。当時、学生だったんですけどめっちゃいいなって思ったんですよ。わたしにとって山口は、小さな実験から新しいものをつくっていく場所、そういうチャレンジを受け入れてもらえる場所です。哲学対話ももっとやりたいし、そこに人がもっと来てほしいし、なんかもう今やりたいことがすごいいっぱいあって」
金子さんのワクワクがこちらにも伝わってきます。そう、山口暮らしって面白い。
ここまで山口に根付き、山口暮らしを楽しんでいる金子さん。もしかして、もう東京には戻れないのでは?こちらの願望も込めて、聞いてみました。
「はい、戻れないかもしれないです(笑)。人との距離感とか場のあり方とかが東京と山口で全然違う。わざわざ電車に乗って会いに行く必要のある東京と、会いたければすぐフラッと立ち寄れてしまう田舎の違いというか。東京にも友人がいるんですけど、会おうって言ったら何週間か後に、1時間かけて電車に乗って出かけていって集合、みたいな感じになる。だから東京に戻ったら逆に寂しくなっちゃうかもしれないです」
最近、対話クラブの仲間と、哲学者・永井さんが活動拠点にしている沖縄を訪れたそう。それを機に、山口のことをもっと知りたいという思いが強くなったといいます。地域の歴史を学んだり、読書会や映画鑑賞会をしたり……。やりたいことは尽きません。
「最初はYCAM目的で山口に来たんですけど、今はYCAMだけじゃないなと思います。対話クラブで一人一人の話を改めてじっくり聞いていくと、これだけ近くに、こんなに豊かなものがあることを知らなかったなと思うんです。自分がただ見過ごしていた中に、いろいろな人の人生があって、こんなに素敵な人だったんだなと気付かされます。だから、山口の魅力は、深く潜って見えてくるところもあるなと思いますね」
「YCAMだけじゃない」という金子さんに、山口の面白い場所、気になっているカルチャーについて聞きました。まず挙げてくれたのが、山口県庁近くにある毛利元就の菩提寺、洞春寺(*7)。
「以前、哲学対話の会場として使わせてもらった洞春寺は、ご住職がとても柔軟な方で、挑戦してみたいことを積極的に応援してくださって心強いです。洞春寺では映画の上映会だったり、結構いろんなイベントをやっています。『山口もぞもぞ会議』(*8)っていう、YCAMの秋山きららさんとダンサー・振付家の福留麻里さんを中心にした身体表現を軸としながら、食や対話やワークショップなど、分野におさまらずみんなで集い実践してみるイベントもありました。このお寺、犬の住職もいるんですよ(笑)」
洞春寺
洞春寺でのある日のもぞもぞ会議、『肘シアター』。「YCAMつながりで言うと、YCAMを飛び出して、商店街を拠点に『アートコミュニケーター』を育成する、架空の学校『アルスコーレ』(*9)というプログラムがあります。市民向けにいろんな講座をやったり、そこに参加した人が自分でワークショップやイベントを企画したりして、今年は8月に『アルスコーレ・ティーン!』といって、10代の若者向けに5日間くらいのプログラムをやっていました。10月には、アルスコーレの一環で、NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽担当としても知られる大友良英さんや、現代音頭作曲家の山中カメラさんらが制作した新作の盆踊りを楽しむイベント『やまぐち秋の盆踊り』がありますね」
次々と出てくる山口のアート・カルチャーシーンの数々。有名パフォーマーから市井のつくり手によるものまで、その層の厚さよ……。いいですね〜、どんどんいきましょう!
「山口大学附属山口中学校に技術部(*10)っていう部活がありまして、ロボコンとかに出るような部活なんですよ。今、部活動の地域移行といって地域の中で活動していこうという方向になっているそうなんですけど、技術部ってなかなか受け入れ先がないらしくて。それで、商店街に拠点をつくって中学生だけじゃなくいろんな人も含めて活動していこうという動きがあるようです。今、空き店舗を改装して準備中らしく、すごくいい活動なのでオープンを楽しみにしています」
「親しい仲間の活動で言うと、対話クラブのメンバーでもある大学院生の2人組が『本をひらく日』(*11)っていう読書会を開いていて、こちらもじわじわと人気。喫茶店とか公園とかいろんな場所で、本を持ち寄ってただ読むっていうイベントです。課題図書みたいなものはなくて、自分が読みたい本を持っていて1時間くらいその場で読んで、最後にどんな本を読んだか紹介し合うっていう」
実は筆者(聞き手)もインスタグラムでたまたま「本をひらく日」のアカウントを見かけ、参加したことがあります。ちょうど読みかけだった社会学者、岸政彦の新書『生活史の方法』を持って、YCAM近くの「喫茶店お茶とおやつ おてま」(*12)へ行きました。金子さんは何の本を持って行ったんでしょう。
「好きな作家の最新の小説を持って行きましたね。舞城王太郎の『短歌探偵タツヤキノシタ』です。短歌で事件を解決する探偵の話。舞城王太郎は、文体に勢いがあって好きですね。私が行った回も『おてま』さんが会場でした。おてまさんは、イベントをやりたい人に場所を貸してくれて、普通に喫茶店としても開いてる時もあります。おてまさんにはいろんな人のネットワークがあるので、ここで『本をひらく日』をやっていると、そのつながりで来てくれる人もいて知り合いが広がると主催の2人が言ってました。洞春寺もそうですが、交流のハブになる場所があるのはありがたいです」
まだまだ、気になるスポットはあるようで……。
「阿東文庫(山口市阿東徳佐上)(*13)も私がやろうとしていることの延長線上にあるような気がします。地元の人などいろんな人から寄贈された本を集めた私設の図書館みたいな施設なのですが、阿東地域という山間部にある閉校になった小学校(旧亀山小学校)で運営されていて。すごいエネルギッシュなおじいさんがやっていて、本当に膨大な量の本があるんです。自分たちに必要な場所を自分たちでつくっていくところに惹かれますね」
筆者も阿東文庫に行ったことがあります。そのとき目に留まったのが井上ひさしの『コメの話』でした。阿東地域は山口県内随一の米どころ。この本をここで暮らす人が読んでいたんだと思うと、なんだか一層愛おしく感じられて、素敵な場所だなと思ったものでした。
「でもね、行ったことのない人が想像する2倍か3倍ぐらいアナーキーな感じかもしれないです(笑)」
そのあたりはぜひ足を運んで体感してみてください(笑)。山口暮らしの面白さ、そしてその振れ幅の大きさが、一端でも伝わっていればうれしいです。次はぜひ、自分が「つくる」側になって山口の面白さを存分に味わってみてはいかがでしょうか。
(聞き手)重原沙登子